伝わるきもち 伝わらないきもち

わたしの言葉はシンプルでストレートで伝わりやすいとよくいわれます。

実はこれ、選ぶ言葉のチョイスの問題だけではなく、
わたしのエネルギーみたいなものがシンプルでストレートだからだと思うんですね。

わたしがなぜそうなったのか?

ずばり、ジャッジを手放したから!です。

ジャッジを手放すって、自分から湧き出ることに対して「YES」であることなんですね。
自分から湧き出るものに「NO!」をすることが「ジャッジする」のだと思います。

自分から湧き出るものって本来「事実」なんですよ。
「いい」も「悪い」もない。
それに意味づけをするのは誰の価値観を考慮しているのでしょうか?

価値観が混じれば混じるほど、言葉やエネルギーが複雑になり、
「いったい、なにを言いたいねん!」ってなりますね。

他の価値観を混ぜたくなるという動機は、
「自分に自信がない」や混ぜたい価値観への依存度が強いのだと思います。

極端な例ですが、「親を殺したい!」という気持ちが湧いてきたとします。

その時「ワタシってば!なんて恐ろしいの!」
と否定するのって、
親に死んでもらってら困るから、自分が親に依存してると困る要素が高いですよねぇ~

実際に行動として親を殺すのはマズいですが、
あなたの中に「親を殺したいほど、つらい気持ち」があるわけですよね?
それ自体は認めてあげましょうよ。

湧き出るものを否定し続けるとどうなるか???

なにも、湧き出なくなる。
自分から湧き出たものを信用できなくなる。。。

ここで、
「不快」とか「イヤだ」って
安全装置なんだと思うんですよ。
自分の身を守るためのね!

それを働かせなくするって、どうなん???

ジャッジをしないってそ~ゆ~ことか!!!

伝わるきもち 伝わらないきもち” に対して1件のコメントがあります。

  1. 芋芋 より:

    いつも拝見しています!

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